コロナ禍の影響か、この1年〜2年でネットや動画であまりにも浅はかな説明動画(勉強動画)が増えたなと感じています。
初心者でもわかりやすい、みたいな建前のようなことを付け加えて。(自身の知識、知恵不足をすり替えたように言っているだけなのではと感じるもの多数。)
そういったものは一部をかいつまんだり、簡潔にしか書いてないことが多いです。
しかしそれは「理解した気にさせている」だけ。
その記事、動画を見ている方もその意識を常々持たないといけません(店舗にきてもらう前段階の宣伝として作成しているとも思います。そもそもそれが宣伝になるのかという疑問もありますが)。
*自身の作った記事や動画を本当に理解してもらおう!
*わかりやすくして理解してもらおう!
と思ったら、何かしらの書籍の紹介やセミナー、続きの動画・記事など作るはずです。
もちろん、難しい内容のものは一般の方はわかりません(批判ではありません。わからないのは当たり前のことです)し、難しいものは取り組みにくいわけですから上記のようなフォローが必要になるはずということです。
わかりやすさだけで終わってはいけません。
はっきり言って、今や一般的な「わかりやすい」とは「わかった気にさせる」こと。おそらく本当の意味で「わかる」ではありません。また、「わかりやすい」と「わかるようなことしか説明してない」の区別ができる必要があります。
どういうことか?
初心者向けのわかりやすいものは、本当に多くの(本来は絶対に必要な)枝葉部分をバッサリと切り落とすことで、考えたり推測する方向性を限りなく限定して「わかりやすさ」を確保しているだけです。
そしてこの「初心者にわかりやすい」というのは、知識がある人にとっては逆にわかりにくい文章とも言えます。
限定する分、あらゆるところで抽象的なってしまうので前提条件次第で答えが変わるわけですね。
本来、知識や技術の習得の流れとして、
①興味を持つ
↓
②少し調べて(練習して)なんとなくわかった気になる
↓
③さらに調べて(練習して)わかってない部分を発見して調べる(練習する、他者に聞く)
↓
④さらに調べて(練習して)知識や技術を深める
↓
⑤以下、②、③、④を繰り返す
これらをしていくわけですが、②で止まってる人がまぁ多いこと。それで知ったように、できてるように振る舞っている?疑問が出ないだけ?それらが動画でも現実でも散見されます。
自身の自己満で完結するならそれでいいですが、仕事としているのであればただ単に表面にみえる知識の提供であり、それをすることで何をしたいのかよくわかりません。
また、こういった人の大半は一側面からしかモノの見方ができない人が多く、矛盾するようなことが起こったら思考停止している(ほとんどの場合、他の情報が足らないから矛盾してるように感じるだけ)。おそらく自身の人生の中の友人、恋人関係、子育てにおいても思考停止は少ない方がいいはずです。それができないから、
*Aさんはこう言っててBさんはこう言ってていろんな考え方があるよねー
*合う合わないがあるよねー
*どっちが正解かわからないよねー
*情報がいっぱいあると迷うよねー
とかママゴトのような、傷の舐め合いのようなことが起こるわけです。ただ会話をしたいだけであればまだわからなくもないですが。
物事を学んだり判断したりするとき、ある程度の答えや妥当な意見に行き着けないのは、自身の知識がないだけ。思考する能力がないだけ。他者から情報収集ができないだけ。それを受け入れず(気付かず?)他者や環境の文句ばかり言う人も多いが、謎である。
