川上喬也です。
ICTやAIなどの分野で著しい発展がある中、SNSで「教育はすべてオンラインでできる」と言ってる人をよくみかけます。
教育の定義次第ですが、ほとんどの場合はそういうレベルの「教える」しかできないのかなと思ったりもするわけです。それは教育じゃなくて解説ちゃうの?と感じています。(これも言葉の定義次第ですが)
もちろん、オンラインは便利なのも理解しています。場所や環境(地方や国、働いているなど)によって必要なのも理解しています。
私も2013年から通信制大学に通っている(まだ卒業できていません…(笑))ので学びの提供としてかなり恩恵を受けています。
しかし、解説だけを教育と言っているであろう人は講師と学生、学生同士の相互作用、化学反応を起こせない?起こせないから想像できないのではないでしょうか?
年齢の幅はあれど、社会人としてある程度の成熟させるために教育するとなると、叱ることもでてきますし、初めてのことを含めてあらゆることを体験させて失敗させたり成功体験を積ませたりとオンラインでは不可能なことが多々あると感じています。
教育は解説ではない。
解説が必要なだけなら読めばいいではしし、オンラインで聞けばいい。
自分を知り、相手を知り、他者のニーズに応える。
私はこれらができるようになるためにはオンラインのみでは不十分と感じています。
私、川上喬也は解説ではなく、教育をしっかりやっていきたいと思います。
