2022/06/17

転職にも活かせる、得意なことをみつける方法

 過去に「やりたいことをみつけるには?」という内容のブログを書きました。


続きのような、似ているような、似ていないような、という感じですが。



本題です。
人によって、過去に経験したことによって物事への感度が違いますし、私も含め、誰しもが他者と比較しがちなので探すのは難しいなと個人的にも感じています。

得意なことを見つける上で、他者と比べない前提でいくつか言えることがあります。
*継続しててもイヤにならない⇨得意かも?
*やるのに億劫ではない⇨得意かも?
*やることに楽しさがある⇨得意かも?
*他者に影響を与えれる⇨得意かも?
でまずは考えます。

これらが「得意なこと」と言うのではなく、この中や「こんなことは好きな方やな」と思えるところに得意なことが隠れてることが多いです。共通項が存在するのですが、それが得意なことである確率は高いです。

ざっくりとした例ですが、
陸上競技が好き
陸上競技の何が好き?
色々分析すると、“結果が順位だけではなく記録として残るところが楽しい(好き)。”
自身の行ったことが数字や字で残る、示せることが楽しい(好き)。
得意なことである可能性、またはこれから伸びる分野であり得意になる可能性の高いもの

となります。

で、ここで終わりではなくこの逆もやってみると尚良いです。

逆とは、“自身の行ったことが数字や字で残らず、何も示せるものがない。”方向に何度か持っていき、楽しさや好きと言う感情が薄れたりしたら、やっぱり“自身の行ったことが数字や字で残る、示せることが楽しい(好き)”という確率が上がる。

あとは仕事でも遊びでもなんでもこういうポジティブ側とネガティブ側で比較して探していくと好きなことや嫌いなこと、できること、苦手なことなど非常に見つかりやすくなります。

2022/06/14

コロナ禍で増えた知識を提供するような記事や動画に対して思うこと

コロナ禍の影響か、この1年〜2年でネットや動画であまりにも浅はかな説明動画(勉強動画)が増えたなと感じています。




初心者でもわかりやすい、みたいな建前のようなことを付け加えて。(自身の知識、知恵不足をすり替えたように言っているだけなのではと感じるもの多数。)

そういったものは一部をかいつまんだり、簡潔にしか書いてないことが多いです。

しかしそれは「理解した気にさせている」だけ。

その記事、動画を見ている方もその意識を常々持たないといけません(店舗にきてもらう前段階の宣伝として作成しているとも思います。そもそもそれが宣伝になるのかという疑問もありますが)。

*自身の作った記事や動画を本当に理解してもらおう!
*わかりやすくして理解してもらおう!

と思ったら、何かしらの書籍の紹介やセミナー、続きの動画・記事など作るはずです。

もちろん、難しい内容のものは一般の方はわかりません(批判ではありません。わからないのは当たり前のことです)し、難しいものは取り組みにくいわけですから上記のようなフォローが必要になるはずということです。
わかりやすさだけで終わってはいけません。

はっきり言って、今や一般的な「わかりやすい」とは「わかった気にさせる」こと。おそらく本当の意味で「わかる」ではありません。また、「わかりやすい」と「わかるようなことしか説明してない」の区別ができる必要があります。

どういうことか?
初心者向けのわかりやすいものは、本当に多くの(本来は絶対に必要な)枝葉部分をバッサリと切り落とすことで、考えたり推測する方向性を限りなく限定して「わかりやすさ」を確保しているだけです。

そしてこの「初心者にわかりやすい」というのは、知識がある人にとっては逆にわかりにくい文章とも言えます。
限定する分、あらゆるところで抽象的なってしまうので前提条件次第で答えが変わるわけですね。

本来、知識や技術の習得の流れとして、
①興味を持つ
②少し調べて(練習して)なんとなくわかった気になる
③さらに調べて(練習して)わかってない部分を発見して調べる(練習する、他者に聞く)
④さらに調べて(練習して)知識や技術を深める
⑤以下、②、③、④を繰り返す

これらをしていくわけですが、②で止まってる人がまぁ多いこと。それで知ったように、できてるように振る舞っている?疑問が出ないだけ?それらが動画でも現実でも散見されます。

自身の自己満で完結するならそれでいいですが、仕事としているのであればただ単に表面にみえる知識の提供であり、それをすることで何をしたいのかよくわかりません。

また、こういった人の大半は一側面からしかモノの見方ができない人が多く、矛盾するようなことが起こったら思考停止している(ほとんどの場合、他の情報が足らないから矛盾してるように感じるだけ)。おそらく自身の人生の中の友人、恋人関係、子育てにおいても思考停止は少ない方がいいはずです。それができないから、
*Aさんはこう言っててBさんはこう言ってていろんな考え方があるよねー
*合う合わないがあるよねー
*どっちが正解かわからないよねー
*情報がいっぱいあると迷うよねー
とかママゴトのような、傷の舐め合いのようなことが起こるわけです。ただ会話をしたいだけであればまだわからなくもないですが。

物事を学んだり判断したりするとき、ある程度の答えや妥当な意見に行き着けないのは、自身の知識がないだけ。思考する能力がないだけ。他者から情報収集ができないだけ。それを受け入れず(気付かず?)他者や環境の文句ばかり言う人も多いが、謎である。

2022/06/11

デザイナー紹介



 Q'hooのロゴを考えてくださった方のインスタアカウントがこちらです。



ラフ案も素敵で、大満足のロゴです!


完成がこちら



Q'hooに込めた想い

 2022年1月より、個人事業主としても活動しています。合同会社ArcXもなにも変わらず通常営業です。


屋号は「Q'hoo」
クフーと読みます。屋号の由来として、

Q'hoo⇨工夫
“Q”➡︎ クリエイト(創造)
   クオリティ(質)
       クエスト(追求・探究)

この名前には、お客様や企業の悩みや要望に対して、様々な工夫により、新しいもの(クリエイト)、より質の良いもの(クオリティ)を追求(クエスト)し、提供し続けたいという想いが込められています。

背景としては、私が無理とか難しいとかで物事を諦めるのことが嫌いで、逆境を好みます。
“困ってはんねんから何とかせなあかんやん”という精神で今までアスレティックトレーナーとして、パーソナルトレーナーとして、講師として仕事をしてきまして能力がついてきています。



またロゴには、作成してくださった方が私や私の家族もイメージして作ってくださいました。




どこまでも大きくなる双葉(若葉)と根のイメージをqとhで形に。

葉の部分は丸みを作り、優しい家庭の印象。“希望” “生命” “再生” “成長”を表しています。

そして根には“定着” “安定”を表しています。
また、根は脳の神経とも近いというデザイナーの方のイメージということでしたが、かのチャールズ・ダーウィンも幼根の先端は動物の脳のような働きと言えると述べています。たまたまでしたが、私、ダーウィンが好きで本も何冊も読んでいます。

こういった様々な想いをロゴに込めてくださいました。

私のような“人間の身体に関わる職業”に合ったコンセプトであり、非常に嬉しい限りです。

自分を常に発展途上にしておきたいと思っておりますので、このロゴに込められた想いにも、“困ってはんねんから何とかせなあかんやん”という私の根の部分にも恥じぬよう、これからも精進していきたいと思います。




2022/06/06

慢性的な痛みの評価について

Q'hooの川上喬也です。


今回は慢性障害の評価についてです。



慢性障害と言うと、

*筋筋膜性腰痛
*足底腱膜炎
*膝蓋靭帯炎
*鵞足炎
*腸脛靭帯炎
*肩関節周囲炎
*腱鞘炎
*シンスプリント

など色々ありますね。運動器に関わる医療従事者や、私も含めトレーナーの方はこういった慢性障害の治療やリハビリをする機会が多いかと思います。

過去に私が講師をしたセミナーにご参加いただいた方には伝わっているかと思いますが、私は、「硬いからほぐす」「弱いから鍛える」などといった表面にみえるところにアプローチしていくことは改善に向かわないと感じています。
評価をしてある程度状態を把握し、それからアプローチをしなければいけないと思っております。

しかし、「評価がすべて」とは思っておりません。評価がまともでもアプローチに問題があり、改善ができないということもよくあるからです。ただ、評価は治療やリハビリのスタートになりますので絶対的と言っていいほど大切だとは感じています。

評価とは言い換えると、状態を把握することです。どうなっているのか?というのを知るということですね。

不調の改善を試みる場合、何が起こって痛みなどがあるのかを把握しなければいけません。

“硬いところをほぐして痛みが軽減したけど、また硬くなって痛くなる”
みたいな経験はありますよね。状況の把握ができていないのに硬いところをほぐてもまた元に戻る確率はありますよね。

何が起こって痛みが出現しているのかがわからないと、ほぐしたらいいのか、筋収縮を入れたらいいのか、テーピングをどうしたらいいのかなど、何をしていいかわからないということです。評価せずにアプローチして良くなってもそれはギャンブルに成功しただけです。もしくは、上記のようにまた元に戻ります。


慢性障害の改善を狙う場合は、
*筋肉が働いていない
⇨長年使っていない、筋肉の癒着、神経絞扼、相反神経支配による抑制を視野に入れる。
*筋肉が働き過ぎている
⇨代償動作、動作・姿勢でよく使っているということを視野に入れる。
*筋肉が伸張しない
⇨代償動作含め、その筋肉を使い過ぎて伸張しなくなっていることを視野に入れる。
*骨や筋肉、靭帯、関節包などが器質的に損傷している(していた)

を意識して評価を行うと、状況把握がしやすくなります。

その結果、
*ある部位が異常に太い
*ある部位が異常に細い
*アライメント異常
*動きにくい
*力が入りにくい

最終的に、どこかが痛い、ダルい、違和感が出現します。



外傷、慢性のどちらでも把握の仕方は変わりません。

*問診、視診、触診
*ROM,MMT
*アライメント検査
*スペシャルテスト
*関節弛緩性

で情報収集可能(収集方法はセミナーや有料noteで紹介します)です。

評価の仕方がすべてあいまいであっても(そもそも100%の把握は不可能)、これらを組み合わせることである程度の情報が取れ、状態の把握が可能です。

大事なのでもう一度言いますが、この状態の把握こそが評価。情報収集と言っても(+)や(−)をとるだけではありません。

例えば腰痛があり、自動で股関節伸展可動域が正常に至らないとします。
ここで考えるのは、
*大臀筋、ハムが弱いかも?⇨MMTを実施
*腸腰筋、大腿直筋などが硬いかも?⇨他動での股関節伸展、トーマステストを実施

というものです。
自動で可動域を確認していると可動域が正常でなかったのが弱いのか硬いのか両方なのかがわかりません。

その結果、大臀筋が弱かった場合だと、なぜ弱いのか?と進めます。
ここで考えるのは、
下臀神経が絞扼を受けている?⇨梨状筋の硬さ
腸腰筋などが硬すぎて抑制を受けている?⇨相反神経支配による抑制
左右上下前後で癒着がある?

このようにアプローチに向けて具体的に進めていきます。そうすると、割合はありますが、かなり改善できる確率が上がります。
余談ですが、ここで骨盤が前傾位になっていれば腸腰筋などが硬い確率が上がります。骨盤が後傾していればハムストリングスや大内転筋が硬すぎたりする可能性、大臀筋の代わりに脊柱起立筋が働きすぎている(代償動作)という可能性も浮上します。

掘り下げていけばいくほど時間を使うことになります。しかし、治療やセッションでは時間に限りがありますのである程度の結果が出るあたりまでに留めことも必要になってきます。ですのでなるべく早く正確に評価をすることが大切になります。

では、実際にどう改善していくのか?については今後、セミナーや有料noteで紹介していきたいと思います。


セミナー
2022年12月、2023年2月開催

有料note
準備中

やりたいことを見つけるには?

Q'hooの川上喬也です。

やりたいことをみつけるには?ということで話を掘り下げていきたいと思います



絶対にしないといけないのは、

*憧れる人・能力
*嫉妬する人・能力
をリストアップすること。

その人のどんな部分に憧れるのか?嫉妬するのか?をひたすら挙げていく。

これで「欲しいスキル(知識)リスト」が出来上がる。

自身の過去で例題をあげます。
アスレティックトレーナー養成の専門学校に通っていた頃、漠然とですが「将来はスポーツのチームで働きたい」という想い(憧れ?)があり、出ている方に嫉妬もありました。
そこで、セミナーや現場に出向いて観察したりご飯に連れて行ってもらったりで「欲しいスキル(知識)リスト」がピックアップしました。もちろん、人によって違う部分はありますが、共通する部分も多くありました。
それが、
*解剖学の勉強(知識)
*生理学の勉強(知識)
*人に会って自分を知ってもらう
*テーピング(スキル)
*評価と判断(知識とスキル)

一つずつ、掘り下げていきます。
*解剖学の勉強
*生理学の勉強
これは誰しもが話をしていました。評価にしてもストレッチ、トレーニング指導も解剖学、生理学が基本です。
⇨ひたすら勉強しまくりました。

*人に会って自分を知ってもらう
自分という人間をまずは知ってもらわなければいけないという意見でした。
⇨当時、mixiが流行っていたのでそれを使ってひたすら連絡をとって人に会いまくりました。

*テーピング
賛否両論あるかと思いますが、解剖学を知らなくても足首をキレイに固定力が、あれば選手からの信頼は得れるという意見でした。
⇨ひたすら練習しまくりました。

*評価と判断
これはアスレティックトレーナーをする上でかなり大事なことという意見です。今の私も、同意見です。
⇨当時、場を踏むことはできませんでしたのでひたすら勉強しまくりました。


上記まで来たら、そのスキル(知識)をひたすら学習すればいいだけです。
何人かの活躍されている方が同じことを言うのであれば大事だろう思い、これらを意識しながら、学びながら練習しながら努力を重ねました。そしてスポーツ現場に出た結果、漠然とした思いから確固たる想いに変わりました。

「これがやりたい!!」と思えたわけです。

やりたいことを探すというのであれば、その学習が嫌であってもその先に必要なことでなので逃げてはいけません。

結局、この考える作業と行動することをしないと好きなこと、嫌いなこと、得意なこと、苦手なこと、やりたいことなども何もわからないままです。

やりたいことがわからなかったり、努力をせず先送りして、自分の才能に出会う機会を逃して、何も成せずに定年を迎える人が大半なのかなとも思ったりします。

そうなのであれば、寂しい限りです。

似た記事で、【得意なことを見つけるには?】ということを書いています。
よろしければご覧ください!

2022/06/03

「人を教育する」ということ

Q'hooの川上喬也です。

10年ほど前から教育について疑問に思っていたことが多々ありました。


20代の頃、大学のアスレティックトレーナーとして学生トレーナーの教育も行っていました。その後、専門学校生の実習、非常勤講師としての授業、起業してからはセミナーや指導者向けパーソナルトレーニング、子育てをしながら、まとまってきた考えを述べたいと思います。

長いですが、最後までお付き合いください。


(この写真、石の上に木があり左右で羽と石。どういう条件が揃えばこれが成立するのか?前提条件が大切です。)

専門学校や就職など、個人が何かしらの意思をもってその業界、その仕事に関わっていきます。

そのときに
・やるのかやらないのか?
・やるならどれくらいの努力するのか?
・意思や能力はどうなのか?
のような話や指導になるかと思います。

しかしその前に「その仕事はどんな業務で誰にどんな価値をもたらすのか?」を教えないといけない(もしくは、その個人が知っておかなければいけない)と思っています。同時進行でも多少後発でも良いと思っていますが。

基礎学問の重要性、授業内容、いろいろやり方なども大事で、絶対に必要です。それが専門科目を教える側の本分です。

しかし、講師や指導者、上司、先輩などは仕事のやり方や厳しさばかりで、意義や楽しさを伝えてなさすぎだとも感じています。(同じ人間がすべてをする必要はないと思っています)

何も経験していない者に
・努力しろ!
・モチベーションが!
というのはさすがに指導側が自分目線すぎるのではと思います。

ようは精神論や知識、技術、業務などのみを伝えている状況であれば、部下、後輩、学生の成長は本人任せになってしまい、上司や講師からすると成長がまったく推測できない、ギャンブル的なものになってしまうのでは?とも思うわけです。

それでは人材育成とは言えません。

こういった上記のことを前提にすることは教育する上で必要だと思うのですが、やはり本人が力をつけるためには学ぶ側の自助努力が絶対的に必要となります。

程度はありますが本人の自助努力があり、関わる指導者、上司、先輩などが指導、サポート、教育をすすめていくことができます。

これで「指導する側」と「指導される側」でコミュニケーションが成立しますので

・何が楽しいのか?
・何が苦手なのか?
・何ができるのか、何ができないのか?
・何がわかっているのか、何がわからないのか?
・どうしていきたいのか?

など双方が成長を見据えた思考、行動に移れるように感じています。

よく、「頑張る必要はない。嫌なら逃げればいい。辞めればいい」という言葉を聞きますが、これは本質でしょう。建前でなく本当にその通りだと思います。自分の精神がおかしくなる、我慢による犠牲が多い、そんな状況で頑張る必要はまったくありません。さっさと逃げる方がいいでしょう。

しかし、「やらないといけない、向き合わないといけないことを頑張らずに逃げた結果は誰も責任を持ってくれない。自己責任となる」これもまた本質なわけです。

どちらが正しいとかではありません。

個人の問題や行動、身を置いている環境など複雑に絡み合ってどちらも存在します。

ですから私としては、「頑張らない、逃げること」を選んだとしても、今置かれている環境や自身の過去、現在、未来を考え、戦略的撤退なのかをある程度判断できる能力と、その後に頑張れるための気合いと根性は絶対に必要だと感じているため、それを養えるように指導にあたっています。

それに加え、学生トレーナーを指導する上で、これらを身につけさせながら働いてから転職することも踏まえ、“業界、組織の体制など関係なくどこに行ってもある程度業務ができるようになる事”を心掛けています。

指導としては、実際に業界、業務のゴールに近いものやゴールの一部を見せたりして体験させます。

そして学生にできないこと、知らないことを具体的に体験させ、認識させます。そこから考えさせ、努力させ、検証させ、失敗させます。そして教え込まず、完成を求めず、はみ出させ、失敗したものを自身で問題クリアしたときのやりがいや成果がでることの楽しさを感じさせます。

あまりにも学生ができない場合は助けますが。

そんなことを授業、実習で構成して指導にあたっています。

心理学や指導論ような学問的な部分は、私の指導の経験上、内的な動機付けや継続することの重要性を学生が認識できる要素ではないかと思います。

これらをベースで組みながら、ある程度妥当な考え、答え、行動に辿り着けているところが垣間みえるまでは徹底的に「なんで?」「根拠は?」「前提条件は?」と何度もしつこく詰めていくような作業や、(言葉上、誤解を生みかねませんが)やるべきことを強制させて指導をしています。

ただ、こういった詰めていく作業や強制も、教育を受けた側が自身の努力で結果を出せるようになること、そしてあとから「良い強制だったな」と実感できることが必須です。これがなければこの教育にゴールはありません。

実際に過去に実習や授業を担当した学生からこんな声をいただきました。
(どうやっても思うような貼り付けができず、リンクを貼り付けました)







こういったことから、教育を成立させようと思うと、

【指導する側が諦めないこと、わかりやすさやヒント、環境や知識・技術のサポート、手をかけすぎないなどの努力】
【学生側の学問と実技、思考の自助努力】

の双方が必要となるのではないでしょうか。

お互いの努力の賜物が、将来関わる人への貢献、後世の発展に繋がると信じて指導、教育に携わっております。

最後に、もしよろしければシェアやリツイートなどしていただけますと幸いです。不定期にはなりますが、今回の内容を深く掘り下げたものをnoteの有料で記事をアップしていきたいと思います。

最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。

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