2022/06/03

「人を教育する」ということ

Q'hooの川上喬也です。

10年ほど前から教育について疑問に思っていたことが多々ありました。


20代の頃、大学のアスレティックトレーナーとして学生トレーナーの教育も行っていました。その後、専門学校生の実習、非常勤講師としての授業、起業してからはセミナーや指導者向けパーソナルトレーニング、子育てをしながら、まとまってきた考えを述べたいと思います。

長いですが、最後までお付き合いください。


(この写真、石の上に木があり左右で羽と石。どういう条件が揃えばこれが成立するのか?前提条件が大切です。)

専門学校や就職など、個人が何かしらの意思をもってその業界、その仕事に関わっていきます。

そのときに
・やるのかやらないのか?
・やるならどれくらいの努力するのか?
・意思や能力はどうなのか?
のような話や指導になるかと思います。

しかしその前に「その仕事はどんな業務で誰にどんな価値をもたらすのか?」を教えないといけない(もしくは、その個人が知っておかなければいけない)と思っています。同時進行でも多少後発でも良いと思っていますが。

基礎学問の重要性、授業内容、いろいろやり方なども大事で、絶対に必要です。それが専門科目を教える側の本分です。

しかし、講師や指導者、上司、先輩などは仕事のやり方や厳しさばかりで、意義や楽しさを伝えてなさすぎだとも感じています。(同じ人間がすべてをする必要はないと思っています)

何も経験していない者に
・努力しろ!
・モチベーションが!
というのはさすがに指導側が自分目線すぎるのではと思います。

ようは精神論や知識、技術、業務などのみを伝えている状況であれば、部下、後輩、学生の成長は本人任せになってしまい、上司や講師からすると成長がまったく推測できない、ギャンブル的なものになってしまうのでは?とも思うわけです。

それでは人材育成とは言えません。

こういった上記のことを前提にすることは教育する上で必要だと思うのですが、やはり本人が力をつけるためには学ぶ側の自助努力が絶対的に必要となります。

程度はありますが本人の自助努力があり、関わる指導者、上司、先輩などが指導、サポート、教育をすすめていくことができます。

これで「指導する側」と「指導される側」でコミュニケーションが成立しますので

・何が楽しいのか?
・何が苦手なのか?
・何ができるのか、何ができないのか?
・何がわかっているのか、何がわからないのか?
・どうしていきたいのか?

など双方が成長を見据えた思考、行動に移れるように感じています。

よく、「頑張る必要はない。嫌なら逃げればいい。辞めればいい」という言葉を聞きますが、これは本質でしょう。建前でなく本当にその通りだと思います。自分の精神がおかしくなる、我慢による犠牲が多い、そんな状況で頑張る必要はまったくありません。さっさと逃げる方がいいでしょう。

しかし、「やらないといけない、向き合わないといけないことを頑張らずに逃げた結果は誰も責任を持ってくれない。自己責任となる」これもまた本質なわけです。

どちらが正しいとかではありません。

個人の問題や行動、身を置いている環境など複雑に絡み合ってどちらも存在します。

ですから私としては、「頑張らない、逃げること」を選んだとしても、今置かれている環境や自身の過去、現在、未来を考え、戦略的撤退なのかをある程度判断できる能力と、その後に頑張れるための気合いと根性は絶対に必要だと感じているため、それを養えるように指導にあたっています。

それに加え、学生トレーナーを指導する上で、これらを身につけさせながら働いてから転職することも踏まえ、“業界、組織の体制など関係なくどこに行ってもある程度業務ができるようになる事”を心掛けています。

指導としては、実際に業界、業務のゴールに近いものやゴールの一部を見せたりして体験させます。

そして学生にできないこと、知らないことを具体的に体験させ、認識させます。そこから考えさせ、努力させ、検証させ、失敗させます。そして教え込まず、完成を求めず、はみ出させ、失敗したものを自身で問題クリアしたときのやりがいや成果がでることの楽しさを感じさせます。

あまりにも学生ができない場合は助けますが。

そんなことを授業、実習で構成して指導にあたっています。

心理学や指導論ような学問的な部分は、私の指導の経験上、内的な動機付けや継続することの重要性を学生が認識できる要素ではないかと思います。

これらをベースで組みながら、ある程度妥当な考え、答え、行動に辿り着けているところが垣間みえるまでは徹底的に「なんで?」「根拠は?」「前提条件は?」と何度もしつこく詰めていくような作業や、(言葉上、誤解を生みかねませんが)やるべきことを強制させて指導をしています。

ただ、こういった詰めていく作業や強制も、教育を受けた側が自身の努力で結果を出せるようになること、そしてあとから「良い強制だったな」と実感できることが必須です。これがなければこの教育にゴールはありません。

実際に過去に実習や授業を担当した学生からこんな声をいただきました。
(どうやっても思うような貼り付けができず、リンクを貼り付けました)







こういったことから、教育を成立させようと思うと、

【指導する側が諦めないこと、わかりやすさやヒント、環境や知識・技術のサポート、手をかけすぎないなどの努力】
【学生側の学問と実技、思考の自助努力】

の双方が必要となるのではないでしょうか。

お互いの努力の賜物が、将来関わる人への貢献、後世の発展に繋がると信じて指導、教育に携わっております。

最後に、もしよろしければシェアやリツイートなどしていただけますと幸いです。不定期にはなりますが、今回の内容を深く掘り下げたものをnoteの有料で記事をアップしていきたいと思います。

最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。

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